2013年6月30日日曜日

『宵待草』

朗読『宵待草』ご来場ありがとうございました。
図らずも 理生さんの命日の翌日となり
となれば必然的にリオフェスとも時期が重なりました
今回はご縁があったらしく、リオフェスも3プログラム観劇
もう少しバラエティに富んだ たくさんの団体が集まればいいのにといつも思います。もっと一般の人が興味が持てるような魅力がフェスティバル全体にあれば良いのに

他のことはともかく 自分の朗読
ありがたいことに岸田事務所➕楽天団時代のイオの会の後輩 高橋信吾君にお声がけいただき 今回の朗読ライブ開催となり 作品も自然と宵待草に決まり 2年前に1人でメディアをやった時よりも ずっと楽に ずっとスムーズに本番までたどり着けました。感謝

毎回観にきていただいているお客様からは
「今日は声があまり良く出ていなかったね」と言われ やっぱり本番前数日の体調不良が声に出てしまったかと反省
本当に体は正直で 敏感で 私の声を楽しみにいらしてくれるお客様のためにも 今よりもずっとずっと 声を大事にしないとならないなと決意

一方、Twitterフォロワーの初めていらしていただいた方からは 下記のような素敵なコメントを頂きました。
「YUKIさんの朗読を堪能してきました。鍛えられた声、考え抜いた結果の表現の美しさ、緊張感。お芝居っていいね。と余韻に浸りながら帰宅」

思いがけず シェアメイトが3人も急にいらしてくれたり
最後に会った時にちょっと失礼をしちゃって きっと来ないだろうなと思っていた方が普通に自然にいらしてくれたり
何より驚いたのは 宣伝の苦手な私が
失礼にも一切お知らせをしていなかった大先輩の女優さんが
このブログを見て 当日予約していらしてくれたこと

本当に毎度思う
始まるまでは逃げ出したいほど苦しくて
終わったその夜がこれ以上ないほど幸せになる
20年ずっと こうやってどうにか生きてきた

件の女優さんと 昔の劇団員よろしく 久々に吞みながら演劇論(?)らしきものをしばし語り合わせていただいたけれど(しかし何で昔の芝居屋って酒飲んで舞台論披露しあうんだろ? 楽しいからいいけど 笑) 私が大袈裟でなく 命を救われて ここまで生きてこられたのは 理生さんの作品のおかげで
その作品たちには 驚くほど赤裸々な「出来事」が 読んで美しい言葉で綴られ それは人の声で音にして初めて息を吹き返し 蠢き 私たちの脳裡の奥の古めかしい記憶を ざわざわと揺さぶってくる
それはひどく心地よい痛み

理生さんの綴る物語は 書くことも 発語することも 聴くことも
決して自己憐憫でも諦念でもありえず
「私は世間に何を言われようと どんな目を向けられようと
こうやって 確かに命を繋いでいる」と言う
揺るぎない 確固たる自己肯定なのだと昨日確信しました。

私たちの生き方には こうあるべきということは一つとしてない
他の作品だが「生きることも殺すことも それが楽しい遊びだったら 殺すことの方を選んだからと言って どうしてそれが罪悪なのかしら?」という理生さんの言葉にも その匂いを感じる

宵待草の女は独り言を言うようになってから
本当の意味ではもう 男を待ってはいなかった
65年を五分の中に閉じ込めて 女は待つことそれ自体を楽しんでいた
女が待っていたのは 一人の男であり 複数の男だったかもしれない
「もういいかい?」

「まあだだよ」

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