2011年9月29日木曜日

音響のこと

前回の瀬波公演は
いろいろとまなぶことの多い公演だった

共同作業の難しさ
思いの温度差
UST配信したことで 生で観たいと言う人が増えたこと
ハイビジョンで録画してもらったことで
アラがはっきり見え 改善点が浮き彫りになったこと
身体作り

そして音響や照明や舞台美術の大切さ

この辺りは観客数がもう少し増えるまでは
どうしてもお金をかけられないので限界はあるが
特に音響についてはまだまだ改善の余地が出た

初演の無音の時から比べて
回を重ねるごとに音が増えたこともあって
音出しを簡単にできるように工夫が必要になった

ここに来て何もわからない舞台音響について勉強することになる
舞台って本当に総合芸術なんだよな
まだまだ胸を張って言えないのが悔しいけど

少しずつ 少しずつ 前に進んで行ってるのはわかる

2011年9月24日土曜日

瀬波温泉公演

何かと苦労の多い地方公演だった
けれど たくさんの人に手伝っていただいて 幸せな公演だった
USTREAM中継もとても沢山の人に観ていただき 感想も沢山いただいた
一緒に考えていける仲間も増えた
大変だったけれど
とてもよい経験ができた
やればやるほど経験値があがる
記録してもらった映像をチェックして
まだまだもっとクオリティをあげていく必要性を感じた
いつも以上に感謝の公演だった
ありがとう

2011年9月19日月曜日

鬼が笑う

来年のことを言うと 鬼が笑いますが
来年はハムレット・マシーンかオフィーリア・マシーンをやろうかと思っています

MM(メディア・マシーン)は今週末の新潟公演の後
11月半ばで予定しているMM5thで最終回
すでにのべ50人近いお客様に観ていただいていてありがたい限りです。
残り2回で総観客数100名が目標です
一人でやれたら大したものです

来年は一回目の準備にたっぷり時間をかけたいので初回を6月頃にと考えています

一ヶ月程度の期間でよいものが作れるほど器用じゃないし
もっと大切に大切に作りたいと思いました

舞台を作る人たちがみんなもっともっと大切に
時間と労力を惜しまずに作品作りを丁寧に丁寧にしていけば
観客はきっともっとたくさん舞台を観に来てくれると思うのです

2011年9月13日火曜日

2011年9月5日月曜日

平常

新国立劇場にて 平常(たいらじょう)の人形劇 「毛皮のマリー」を見た
毛皮のマリーは美輪明宏さんの作品を見ているので 演出はいちいちどうしても比べながら見てしまうのだが
本当に見に行って良かったと思った
何故なら彼は一人で全部やっているのだ
マリーさんも、下男も、欣也も、美少女も、鶏姦詩人まで 全部 だ
ありなんだ全然
若干無駄な動きや多すぎる雑多な小道具に気が散ったが
声色の使い分け方 間の取り方 ファンサービス 身体の使い方
いろんなことがとにかく勉強になった
アンコール時の挨拶で平さんが話していた
最初は3人ぐらいの前でやっていた
それからずっと何年も大変だったと
大丈夫だ
一人でも大丈夫なんだ
心強かった

勇気とアイデアをたくさんもらったし
とてもよいタイミングで観た
平さんは一人でしかやらないのかな〜
一緒にやりたいな〜

18日の横浜の「はなれ瞽女おりん」も早速予約して観に行くことにした
人形使いをあまり見られなかったので
違う作品も観てみたいと思った

2011年9月4日日曜日

MM in 瀬波温泉 UST中継

23日の瀬波温泉での公演をUSTREAMにて配信することになりました。
本日テスト配信を行い 画質、音質とも 特に問題なさそうなので、Go!です
いつかUST配信したいなーとぼんやり考えていたのに
こんなに早く実現できるとは思わなかったので 嬉しい

番組のURLなどはまたもう少し近くなったらお知らせします


東京での次回公演も11月頃で画策していますので、お楽しみに

2011年9月1日木曜日

駆け抜ける

最近 以前書いていたMorning noteを携帯メールに送って 隙間時間に読んでいる
今ちょうど2010年12月の年の瀬から
2011年1月半ば 私の誕生日ぐらいまで行ったところだ
いろんな発見があってとても良い

数年前にワーカーホリックで倒れた後
理生さんの水妖記の打ち合わせで達雄さんにお会いし
ルームルーデンスを紹介してもらい
理生さんの『眠る男』で舞台復帰してから数本は順調だった
『夜長姫と耳男』『八百屋の犬』『八百屋お七』と立て続けに良い作品に出演させてもらった

ただ年齢と経験年数と演技力のギャップからか
その後しばらくは不発で
空回りしてるような状況に
傷ついて 弱って 動けずにもがいているだけだった
私ぐらいの経験だとオーディションはダメだ
やっぱり知人の紹介が一番良い

舞台に立たずに1年半が過ぎようとしていた頃が2010年の12月
そのノートには仕事の愚痴と「抜け出したい」「ここから出たい」という言葉が 毎日毎日書かれていた
とにかく苦しそうだった

ある日、信頼できる方から「よそを探してないで、自分でやればいいじゃないですか」と言われて、ああそうかと思い、ちょうど良くライヴカフェ谷中ボッサを紹介され
これなら、馬鹿高いノルマを支払って嫌な役をやるようなこともないと、恐る恐る一人で始めてみた

最初は本当に怖くて
どうして誰も手伝ってはくれないのだろうと、泣いてばかりいたけれど
多分私には「一人でやる」ということが何より大事だったのだ

1月14日のノートに
「そして読んでいる間「誰にも邪魔されないんだ 自由に読んでいいんだ」という感覚がとても心地よかった」と書かれていたのが印象的だった メディアを初めて一人で人前に出す準備として読み始めた時 私は自分が自由にやっていいと感じて心地よかったのだ

やってよかったと思う
苦しんで苦しんでその後だから実感できる
もっと演りたい
もっと自由に演りたい
既成の枠にとらわれずに
私が幸せで みんなが観て良かったと思えるように演じられるようになりたい