2011年8月31日水曜日

地方公演


MM3rd.が無事終わり
まだ自分のからだに日常も戻っていないうち
来月9月23日の地方公演が決定した
場所は新潟瀬波温泉
夕焼けの美しい海岸が有名な温泉である


地方公演とは
もはやいっぱしの劇団のようであるが
たねをあかせば
何を隠そう 私の実の妹が女将をつとめるホテル瀬波観光での無料開催である
いわばコネ 縁故

それでも まったくどうにも見せられないような代物であれば こういう話にはなるまいて

私としても 顔見知りばかりを呼んだ
ピアノ教室の発表会のような公演ばかりではいけないと
観客の幅を広げるべく 方法を模索していたところだ
とても嬉しい

一人でも多くの人に見てもらいたいと
思う


やります 地方公演
身一つだから どこまでも行ける
どこでもやれる

2011年8月28日日曜日

MM3rd.



確かにメディアが私の身体を使っていた
息子を殺すところまで

あの後 メディアがいなくなってから その後
問題は その後 なのだ



ご来場本当にありがとうございました
皆様にご好評いただき とても嬉しいです
終演後の皆様の感想などを聞かせていただき
もっともっといいものを作りたいと思いました
皆さんに勇気をもらいました

遠くて来られない方からTwitterやmixiで頑張れのメッセージも
たくさんいただきました。
いずれライブ中継もできるようにしていけたらと思います。


2011年8月25日木曜日

禿げたかとプロメテウス

メディアマシーンの「禿げたかがいる
禿げたかは日刊紙と唾でできた人間たちの列の中にしゃがみこんでいる」と
「熱風が吹くわ 風が吹く(中略) コンドルの背に 乗って」のイメージは

元はプロメテウスの神話 です

メディアが牛を殺す際の凶器も「プロメテウスの草」ですが
プロメテウスが人間に火をもたらしたことで 神の怒りをかい
山の上の大きな岩に鎖でくくりつけられ
毎朝禿げたかに内臓を啄まれ
翌朝にはまた元に戻るという
永劫の苦しみ

自分の内臓を食べた禿げたかの糞を食べることで生きながらえ
長年のうちに 白い禿げたかの糞と 岩と一体化してしまっていたという

エンディングにも石の上で死んだ仲間たちというモチーフが出てくるし
冒頭の「糞尿の山」というのも それに近い

なぜメディアの物語にプロメテウスの神話が出てくるのかというと
実はこのプロメテウスが内臓を啄まれていた山が
メディアの生まれ故郷である
コルキスにあったらしいのです


熱風が吹いて ポロポロになった糞が飛んでいくのは
この禿げたかの糞のことなのですが

理生さんがテキストを改編した際
これが禿げたかの糞でなく
犬の糞に変わります

「犬」という生き物は とても禍々しく かつ 寄り添い 離れられない 不思議な存在として 理生さんの多くの作品に登場します

書き手によって
少しずつ 色調が変わっていった物語は
私が声に出し
体に出した時
それは何色に変わるか?

「メディアマシーン」を発語した時
私の体に不完全な形で物書きたちの愛が根差していて
観客の目や耳がそれを掻き乱してゆく
そんな時間が共有できたら
どんなに素敵だろう

MM3rd
いよいよ明後日の夜です

2011年8月24日水曜日

塩漬け

心っていうとちょっと違うんだけど
自分の奥底の演技をする本質のモノ
演技魂?みたいなものが
喜んで ぷるぷるふるえるような感覚があって
そういう時はとても良いパフォーマンスが出る
最悪なのは 誰かに言われたことに縛られて 拗ねたように身動きが取れなくなった時
山崎務さんも『俳優のノート』で確か似たようなことを言っていたのだが
稽古をずっと続けていって
ある時期が来たら数日「塩漬け」にする
つまりやみくもにがむしゃらに稽古するだけじゃなくて
お稽古のことを忘れて
自分の中で演技に味が染みて
いい感じに熟成されるのを待つ時間が必要ということ
これは確かにそうなのだ
塩漬けにしたあとは
前述の「演技魂」がぷるぷる喜ぶ
ただこの塩漬け
タイミングがとても大事で
早すぎても遅すぎてもだめなんだ
今回は正直若干遅かったかなと思う
予定よりエンジンかかるのが遅かったから
今にずれ込んでしまった
できれば今日いっぱい漬け込みたいところだが
本番は週末
日がないので 焦る 不安になる
いつも この時期は
眠れない程の不安との戦いだ
毎晩舞台上で台詞が出てこない夢ばかり
早く終わって楽になりたいとさえ思うこともしばしば

どうか旨く いい 漬かり具合になりますように

2011年8月21日日曜日

コラボレーションて

昨日は今回一緒にやる後藤理絵さんと打ち合わせをした
たぶん昨日の打ち合わせが本番前の最終打ち合わせ
今回は共演するわけではないので
作品の内容について打ち合わせすることがないので比較的楽だが
実際コンテンツまで共有する相手とはかなり気の合う必要がある
たぶんプロの人たちはそんなこと言ってられないのだろうけれど
私は舞台は好きでやっているので 合わない人たちと無理してまで合わせて
自分を殺してまでやりたいなどとは思わない

そういう意味で 前回ご一緒させていただいた
ギターの中村氏は 意外にw気の合う方だった
もちろん彼の人柄もあるのだろうが
そしてこの場合の気が合うというのは
「作品作りにおいて」という意味で なのだけれどw

はっきり言って他のことはどうでもよい
作品作りに対するスタンスは 作り手それぞれでみんな違う
自分のペースや手順がみなそれぞれ当たり前のことだと思っているけれど
実際は かなり独自のもので 他の人とは相容れないことの方が多い
それをうまく 妥協したり お互い近寄ったりして やっていくのが協働作業なわけだけれど
私にはまだ なかなかそういう度量がないんだよな

みんな勝手に思い込んで 確認をしないまま進んでいく
だって言わなくてもこれって当たり前でしょ?と
だからこまめにコミュニケーションをとることが一番大事
それを面倒くさいとないがしろにするのは未熟なだけだ
面倒くさがった結果も受け入れたらいい
これは作品作りに限ったことじゃなくて 生きるすべてのことについて

2011年8月17日水曜日

動きの効用

先週のお盆休みはMMの稽古にたっぷり専念しようと目論んでいたものの
WS参加と早朝のフランス語勉強会で手一杯になり
思ったようにMMの稽古には専念できなかった
相変わらず 予定を欲張って埋めてしまう悪い癖 反省

その代わりその週末から稽古に集中できるようになってきてありがたい
睡眠や食事や体調には気をつけているが
それでも体調やモチベーションは崩れることが多くて
コントロール仕切れていないのが正直なところ
だから先週末からの集中力はかなり奇跡的で嬉しいのである

WSで学んだことの影響もあり
随分遅ればせながらではあるけれど
もう少し動きについても考えようと取り組み始めたら
思いのほか課題がわんさか出てきて
うわあぁぁ 間に合わないと 慌てふためく
もっと早く気づけばよかった でも今からでもこうやって取り組めてよかった
ただ 突っ立って読んでいただけの時とは違って
ほんの少し手を目の前に上げただけでも
声の出し方が劇的に変わるのだ 不思議

まだまだ ちっとも満足の行く動きは取れないのだけれど
残された10日の間に できるだけクオリティを高めたいのである

この過程もまた 苦しいけれど 楽しくて嬉しい

2011年8月14日日曜日

モノローグのフォーカス

モノローグばかりやっていると 会話劇に飢えてくる
モノローグの方がずっと好きだと思っていたけれど
実際モノローグも極めていくととてもとても難しい

モノローグでも やはりフォーカスが重要で
自分の内面に向かうのか
仮想の相手に向かうのか
観客に向かうのか
未来 大衆 その対象をまずは特定することが大事
でも実際に相手がいる会話劇よりも それはずっと難しい

あるオーディションで モノローグをした時
「もっと観客に向かって言ってみて」と言われて
ちょっと意識してやってみただけで随分と良くなったことがある

私は自分自身の声の通りや発語の正確さ
自身の気持ち良さばかりに気持ちが行ってしまって
つい そのフォーカスをないがしろにしてしまう

今回WSに参加したことで そのことを再度考えてみようと思い返すきっかけになった
さて 詳細にフォーカスを設定し けれどそこからがまた難しくて
これじゃ時間が全然足りない

何も考えずにやれていた1回目のなんと楽しかったことか
ここからはしばらく苦しいだけなのだろうな

2011年8月13日土曜日

少女のように

5日間の夏のWSが終わった
割と初心者向けのクラスだったので
内容的には何度も受けたことのあることが主だったが
復習のような意味ではまあ良かったと思う

今回の一番の糧は シェイクスピアをやっていると言う50歳以上のお姉さま方との出会い
50歳を過ぎてから初めてお芝居を始めた方もいれば
学生時代演劇をやっていて 数十年ぶりに芝居を始めたという方もいた
聞けば 月に4回2時間程度の練習をしているだけらしいのだが
どの方も言葉をきちんと発語されていて 聞き取りやすかった
演技がとても上手な方もいた

たくさんの勇気をもらった
本当に年齢は関係ないし
純粋に「好き」という気持ちだけで
続けていける場所もあるのだと知った

皆さんとても素敵な方々で どれだけお芝居が好きかを熱く語る
少女のような方々だった

男の人だけじゃなくて 女の人もいくつになっても
子供みたいに目を輝かせている人は素敵なのだなと思った

2011年8月11日木曜日

フィードバックの場

「役を与えられた時に 役者は一つのパターンに固執してしまう
その方が安定するし 安心するからだ
いろんな演技パターンでできるように準備しておくように」
と 言われ
なるほどと思ったので 敢えて脚本に書かれていない正反対のタイプで演じてみたら 「その設定はありえない」と言われた
ォ〜イ! 言ってること〜
これは演技レッスンだろ?
可能性を試しているのに「ありえない」なんてそれこそありえない!
WSではいつも
やれと言われたことをやってみると
大抵は全否定され
却って混乱してできなくなる
たまに誉められるのは
コーチの言うことをまったく聞かずに自分のやり方だけで自由にやった時だ
パラドックス
結局いくら人のやり方を聞いたところで
自分が心から信じた方法しか通用しない
あの場所は教えてもらう場所でなく
自分のやり方 演技が
一般的に通用するかどうかフィードバックを得る場所と割りきる
その方が自分でやることが多くなる
それはとても大切な学びとなるはず
より積極的に学びとる方向で
少なくとも「無茶な演出家たち」を相手にする為の耐性はできる

2011年8月10日水曜日

福島音楽解放区 : 8.15世界同時多発イベントFUKUSHIMA!

パフォーマンスなら何でもいいらしいので、申し込みだけでもしてみようかな
もちろん会社はおやすみするのである

何かやらなきゃ
息ができない

2011年8月9日火曜日

acting

動き

動きについては 劇団を辞めてすぐの頃
一人で舞台に立つには動きが必要と すでに危機感を抱いていた
短い間だったけれど 劇団では身体を徹底的に鍛えてもらって
それでも私の中に動きのストックなんかほとんどなくて
あわててダンスを習いに行ったりしたくらい
けれど 元々が運動能力ゼロなので ダンスは大してモノにもならなかった

あれから何年も経ち ここに来てまた 危機感を抱いて
まずは文楽などどうかしら?と 生で観ようと国立劇場のチケットを予約したら
なんと間違えて大阪の国立劇場のチケットを予約してしまい
4500円を丸々無駄にすると言ううっかりぶり

今日はでも久しぶりに心日庵WSのショートクラスで
基礎の基礎をレクチャーされて
動きの基本とか 演技は行動とフォーカスってこととか
改めて学んで よし もう一度そういう観点で台本を洗いなおそうと心に決め

そして 帰りに参加者の一人の方と
なぜ文楽の人形振りが実際の生身の人間よりもあんなに艶かしいのかという話題になり
「動きが制限されているからじゃない?」と言われて腑に落ちた
何事もやりすぎてはいけないのだ
観客の想像する力を奪ってはいけないと山崎努さんも「俳優のノート」で書いていた

MMも1回目より2回目の評判が悪かったのはやりすぎていたからだ
抑えた動き 制限された動き 障害 その美しさ艶かしさを自分のものにできたらと
心から思うのだが。。。。

言うは易し

けれど何事も こうありたいと希うところからものごとははじまるわけで
やらないよりはやった方がいいだろうと
目標は高く

2011年8月2日火曜日

レパートリー

岸田理生さんの作品が好き
ハイナー・ミュラーが好き
シェイクスピアが好き
これに最近三島由紀夫さんが加わった
やってみないとわからないこともある
レパートリーが増えれば
活動の機会も増えるから
これを機に
もっといろんな脚本を試して
もっとレパートリーを増やして
外に出ていく機会を増やしていければと思った
「好き」と「得意」は違うけれど
「好き」なだけじゃなくて
「得意」も増やしていきたい
まだまだきっと出会ってない作品がたくさんあるはず