2009年11月27日金曜日

ただ一言

驚き
「なぜユリは(あなたは)ダイちゃんに大事な絵をあげるのか」と聞かれて
感情が抑えきれなくて
ひどくつらくて
溢れ出して

それはユリとしてつらかったのか
演出家に詰め寄られているYUKIとしてつらかったのかがわからない
けれどそれで心が開きっぱなしになって
漏れだす苛立ちに振り回されそうで恐くてたまらなかった

シーンが始まって
3つめの台詞の辺りから
抑えきれない怒りに乗っ取られそうで
「イヤだ」と
抑える方向へと
できることなら開いたまま
このままで
もっときれいな澄んだ感情に持っていこうと意識が働いた
「怒り」のその下に
本当は何があった?
「ばかやろう。なぜ来なかったんだ」

私は誰かが
相手が私のこの抱えきれない感情を
激しく膨大な感情の濁流を
受け止められるわけがないと

相手も私をも信用していないのだ

そこに溢れ出してしまう
傷だらけの私を
受け止めきれなくて悲しいのだ

誰かに受け止めてもらえることを渇望し
しかし「出来るわけがないでしょう」と嘲笑い復讐しているのだ


たくさんの設定や置き換えや「想い」はいらない
それらは私をただ混乱させるだけ


たった一つ
ただひとつのスイッチとしての言葉さえあれば
他には何もいらない


「今あなたは相手に一言、ただ一言だけ、何を言いたい?」

2009年11月22日日曜日

サイコシス

あうるすぽっと
暗いロビー
ロビー中央に木枠造りの大きな血のような赤い水をはった
その血だまりの中に
マフラーから煙を吐くバイクが逆さまに突っ込んでいる
突っ込んだバイクは街灯に照らされている
少し離れたところから右ハンドル
もう少し離れたところにはスネアドラム
スネアドラムから微かに
リズムが刻まれている

赤い水面は静かにヌラヌラと光っている

天井に近い壁のコーナーに中東系の男性が話している様子の映像が流れている

しつらえられた場の異様さに比べ
集まった観客はザワザワと
係員の呼び掛けに合わせ
当たり前のように入場の列を作る
1番から100番まで
次は101番から130番まで

入場すると
本来の客席はビニールで丁寧に養生されている
私達観客は本来の舞台側に並べられたパイプ椅子に客席側に向かって座らされる

客席と養生された元客席の間には先ほどロビーにあったのと同様の木枠造りの大きな血だまり
ヌラヌラと光る赤い水

養生された客席側には
バイクの半分
ロッカー
サンドバッグ
卓球台
筋トレマシン
それらが乱雑に置かれている
一体何を始めるつもり?

血だまりの塗料の匂い
相変わらず観客はその場が当たり前の日常のように他愛ないお喋りを続け
ひどく鬱陶しい

客入れ明かりのまま
日本人のボクサーと普段着の白人がパンチの練習をしながら現れる
場内アナウンス
舞台が始まる
パンチを続けるボクサー

暗転

静かに血だまりの中に立つ上半身裸の痩せた青年が喋り始める
後方には逆さ吊りにされた長い長い髪の男

心臓の拍動に合わせて明滅する弱いライト

客席に点在する顔を隠した出演者たち

片言の日本語を叫ぶ東洋人の女と
彼女の言葉を繰り返す日本人の男

上からドラムの音

激しく怒り続ける男

ミキシングされた声

天気予報を何事なく発語し続ける女
フェンシング
バスケットボール

長い髪の男が赤い水面にすっと立つ
彼の奇異な発声に合わせて
泡立つ赤い水面

リストカットのヨーロッパ人男性
リストカットする気持ちを
苛立ちを
うんざりするほど叫んでいる

卓球台に次々と落とされるピンポン玉

スーツ姿の男が赤い水に足を踏み入れると
今度は胸元まで沈む程に深い
赤い水面からゆっくりと現れる公衆電話ボックス
カバンを頭に掲げ
ゆっくりと歩いて
電話ボックスに入るスーツ姿の男
コインを入れ電話をかける

長い髪の男が
長く不愉快な音を喉から発する
ピンポン台の上で自身の狂気を受け入れ
しかしなおまともでありたいと叫ぶ東洋人の女

4:48
それから1時間12分だけ
まともでいられる

明滅する光
アコーディオン

舞台の終わりに長い髪の男がゆっくりと赤い水の中に沈んで行く
長い髪を最後に沈めて


養生された客席に
沢山のエキストラが
次々と入って来て座り
私達を観賞する

ほめて伸ばして

心の叫び(笑

ここ数年ずっとほとんど何も言われない日々が続いていて
ダメ出されるの苦手だからありがたいにはありがたいのだけれど
それでも少しは良くなっているかどうかは知りたいから

今回は珍しくダメ出しされて
「何も言われないよりはずっとましだわ」と喜んではいたのだけれど
どうしてこう私はどこに行っても何も言われない性質なのだろうと
悩むのにも飽きていて
ほとんど諦めていたりして

そしたら今回WS終了後に思いがけず西村さんから
「今日ゆきちゃんいつもより良かったよ」と言われて
すごいすごいすごいすごいびっくりした
え、どこが?どんな風に?ともっと聞きたくなったけど
何より、がんばってて良かったとか
モチベーション上がるというか
もっと頑張ろうってやっぱり思える

もちろん同じWS生に「ゆきサンのこの前の良かったです」みたいに言われたことは何度かあるし
それは御世辞とかおべっかとかそう言うんじゃなく心からそう思って言ってくれてるんだと思って
それはそれで嬉しいんだけど
やっぱりコーチレベルの人からほめられるのは全然意味や重さが違ってくるわけです

いつも自分では「あ、今日のは少し良かったんじゃね?」と思っても
何も言われないか、ちょっとだめ出されるかで褒められることなどほとんどないので
月曜日なんかはむしろどうやってもダメしか出なかったし
やっぱり心日庵が求める演技と私がやりたい方向性が違い過ぎるのかな~とか
やっぱり私ってメジャーになれないアングラ体質なのかなぁとか

それに引き換え私がイマイチ良くないと思う人でも「良かったよ」って言われてると
えー何が?どこが?どうして?って思うこともしばしばで
演技の良さって定数化できないし
好みもあるし その人なりの成長度(いわゆる伸びシロってやつ、私にはないやつね)もあるだろうし
惑わされちゃいけない
他人と比べちゃいけないとは思いつつも

やっぱり評価ゼロの日々はそれなりに凹むわけです

だからこの前の西村さんの一言は本当に素直に心から嬉しい

ほめられるためにやってるわけじゃないんだけどさ
やっぱり他人の言葉で自分を客観視するのが一番確かだったりするから

そんなわけでもう少し頑張ってみよう

2009年11月21日土曜日

鉄道員とおそば

昨日は歌舞伎町で「匂い」の撮影で
ちっとも潔くなくさらけ出さされて
戸惑って戸惑って
20年近い年月の何も整理できないまま
その熱は体に残ったまま

昼間は三田で「鉄道員(ぽっぽや)」のガイド作りで

まだ熱っぽいなと思ったら実は風邪っぽくて

鉄道員引きずったまま
阿佐ヶ谷で今度は「おそば」

ユリの役は随分とすんなり自分に入って来るんだけれど
これが演技なのだと私はいつも忘れがちで

自分が思っているより
ずっと何倍も強く表に出さなくちゃ伝わらないのに
それをしようとすると
力が入ってしまうのかもしれない

もっと表現していいんだ
もっと哭いても怒っても
叫びだしたっていいんだ


シーンを始める前
大きな輪になって
一人一人の顔を見ていて
泣きそうなほどに
許されたような感覚に
思いがけず
驚いた今日のWS

2009年11月16日月曜日

おそば

今回の教材は「おそば」
台詞がとっても覚えやすい

そしてモチベーションもいつになく充分
何かひとつでも掴めるとよかと

2009年11月4日水曜日

泣くほど

泣くほど芝居をやっていたいなんて
思ってもみなかった
私は岸田を辞めてから
輝く未来も辞めてから
未だに居場所を見つけていなかった