2009年12月29日火曜日

蛇にピアス

先日のあべちゃんの 作品に対する想いの強さに触発されて
私も心日庵でやりたいと自分が思えるテキストを探して見ようと
来年の目標に向けて 月刊シナリオを読み漁る
だって心日庵でやるのに 寺山とか岸田とかアングラじゃだめっしょ?

んで一番最初に引き込まれたのが金原ひとみさんの『蛇にピアス』
あれ?やっぱりちょっとアングラっぽい?

好きだよねこういうの 殺すとか殺さないとか
だって次に気になったのが「JOHNEN 定の愛」だもの
はい言わずと知れた阿部定事件のシナリオですね
これはエロ過ぎてあまり良くなかったので
やっぱり阿部定事件も理生さんの脚本のがいいなと
あれです 昔プロトシアターで前川麻子さんがやっていたやつです
「とぷとぷ」? え、そんなタイトルだったんだ

さて金原ひとみさん 結構好きですよ
摂食障害系の表現も好きだけど これは一般ウケしにくいよね やっぱり
でもそれでも賞を取って 映画化もされているわけだから アリなのか

理生さんの『1999年の夏休み』も小説版を入手できたので 早速読んでみました
これは『トーマの心臓』をベースにしているらしいです
最後の母親とのやりとりが良かったです

うーん やっぱり日常的なドラマじゃ心が動かん
理生さんのシナリオが読みたいなぁ

2009年12月24日木曜日

テレビドラマのシナリオ

昨日はオーディション

オーディションと言ってもボランティアで
声優なんて始めてで吹き替えもやったことがない私が
周りは経験者や声優さんがたくさんいて
どうしようと思ったけれど
そもそも私は特に声優とか希望していないし
などと思ってもいたけれど

やってみたら結構楽しかった
テスト自体は5分程度で終わったのですが
その5分程の間に目の前で流されている映像の役になって
すっと力入らずに声を出すことができた気がします

力が入る入らないはここのところの課題でしたが
要するに好きで楽しいことをやるのが一番大事なのかも
と思って 来年の稽古に向けて
理生さんのテレビドラマのシナリオを探している最中です
これがなかなか難しい
理生さんはテレビドラマ向けにも結構たくさんシナリオを書いているらしいのだけど
1980年代だし テレビドラマのシナリオって市販されていなければ
いったいどうやって手に入れたら良いのだろう?
ととりあえず月刊シナリオを読み漁ってみようと思い立つ
最後の手段はやっぱり宗形さんにお願いしてみるでしょうか。。。

2009年12月21日月曜日

何もしない

何もしない

ということがいかに難しく
いかに大切なことかを思い知った
今回のクラス


若い頃は
やり方 演じ方を何も知らなかったから何もしなかった
段々「うまくやりたい」という欲が出てくるから顔に力がはいるのだろう


何もしない
それは強くなること
「怖い」という思いが
ジタバタと私に何かをさせる

2009年12月16日水曜日

JetPoet メディアマシーン

声を

発語するエネルギーを
その場にあるエネルギーを
私に集めて
その場に放出する

力強い声を
言葉のエネルギーを
私の心を
届くように

あなたにちゃんと届くように
そのためになら
私は何でもする

身体を鍛え
声を磨いて
あなたにちゃんと届くように

この想いが伝わるように
私はもっと強くなる

2009年12月10日木曜日

Y&T session 2

モノローグ
病院の話
匂い
薬剤の匂い
新しいリネンの匂い

集中治療室の外界と隔絶された世界
肉に埋もれたバービーの話
金木犀の匂い
沈丁花の香り

体育館の掃除道具の匂い

私の中に確かにある記憶を
静かに抉り出され
さらけ出さされる作業
彼はなぜそんなことを簡単に出来てしまうのか
私のこの異質な話に真剣に耳を傾けてくれたのは彼が初めてかもしれない

逆光でカメラを1時間回しっぱなしにして
撮影が終わった後
飲み屋で舞台の話
ライブで何かやりたいそうだ

簡単なことじゃない
けれど実現したらかなり嬉しい
まずはリーディングから
自分で舞台を作って行こう

船弁慶

渋谷 観世能楽堂
観世会荒磯能
13:30〜16:40

仕舞 羽衣 春日龍神
能 巻絹
狂言 口真似
能 船弁慶

今日の仕舞は若い方々でした
羽衣は女性
女性がやっても羽織袴で男っぽい印象なのはなぜでしょう?
やっぱり男性がずっと守ってきた芸能だからなのでしょうか
女性が女性らしく舞う仕舞を見てみたいです
固かったけれど
でもやっぱり新鮮な印象でした

春日龍神はダイナミックで激しくて羽衣とは対象的でした
激しい舞いは好きです
激しい表現が好き


巻絹 ぐっすり眠れました

口真似 これも前半ぐっすり
クライマックスの笑いのシーンで目覚めましたがそこだけ見てても面白かった 狂言師 凄いです ただ今日の狂言師の方たちは節回しが独特で 語尾をずるっとのばしてあげるので ちょっと聞きにくかった

船弁慶 子方が出る舞台を初めて見ました 全身全霊で出す声に泣きそうになりました
なぜだろう 魂の震えがダイレクトに伝わってきた
出演者がいっぱい
エンターテイメントでした
弁慶の役の人は
身体が小さくて弱そうな弁慶でした
北浪先生の静御前と知盛は凄かった
内容を知っているのもあるけれど
義経との別れの場面
義経に怨みを伝える知盛の幽霊
魂が震えます
心よりももっと奥の魂に響いて来ます
なぜ?とかそういうレベルでなしに 自然に涙が出そうになります
悲しくてダイナミックな舞台でした
鼓や太鼓は前回の方が好き

お能のエネルギーすごいな

2009年12月8日火曜日

Audition

久しぶりにオーディションですって
。。。。。はぁっ

オーディションなんて大したことじゃないと思いながら
やっぱりちょっと大変 プレッシャー。。
ああもう少し痩せておけば良かったとか
この前みたいに変なところだったら嫌だなとか
もう 本当にいろいろ
でも 逆に怖いものないかも
アレを乗り越えることができたのだから
大抵のことなら耐えられるかも

あまりに強いプレッシャーは苦手だけど
多少のプレッシャーは必要なのでしょう

今は第一印象と自分の感を信じるというか
自分の心の声をちゃんと聞くことに専念したいわけです

いずれにしてもニッチな好みだから
選択肢も限られていたりするわけで。。。

いやいや 前向きに行きましょう
動き出さなくちゃ何も始まらないですからね

2009年12月2日水曜日

Terminator:The Sarah Connor Chronicles Season 1

満月の夜に眠れなくて
借りていたDVDを見る
「ターミネーター:サラ・コナー クロニクルズ <ファースト・シーズン> Vol.1」

ターミネーターは意外に好きなシリーズでして映画版は全部見ました
評判の悪い3も私は結構好き
一番最初のやつなんかTVで何度もやってるから5回ぐらい見てるけれど
サラ・コナーとカイルのラブストーリーよね、あれは。

そして、いよいよTVシリーズだぜ
DVDパッケージのロボット美女が気になってました。
サマー・グローという女優
TV女優さんなのかな。女子高生役なのね
身体も綺麗だし、ロボット的な表情も上手
ジョン・コナー役はいまひとつだったけど
サラ・コナー役のレナ・ヘディさんはとてもとても良かった

一気に見終わった後
監督と脚本家とサマー・グロー3人の解説が入ったバージョンを見る
最近のDVDはこういうのよく入っていますよね。
コレ好きなので時間のある限り見るんだけど
最初は一観客として普通のバージョンを観て
最後に解説を聞きながら観る時は演じる側の視点で見られる
いいね、DVD

サマー・グローがジョン・コナー役の男の子の役作りの話をしたり
サラと2で死んじゃった黒人の科学者の奥さん役の人との対立シーンのところで
「この二人は本当にすごい」と話しているところが良かった

監督がどのシーンをカットして
このシーンは迷ったけどどうして残したかとか
作品作りの苦労や思いが伝わってくるよね
観る側はほんの1~2時間で観終わっちゃうんだけどね

最近ボランティアで「鉄道員(ぽっぽや)」の音声ガイド作りをしている関係で
同じ映画の特定のシーンを何度も何度も繰り返し観ていると
一度観ただけでは気づかなかった作り手側の意図とか
見逃していた役者の繊細な表情とか動きとか
思いがけず見つけた時に「あっ」って思うよね

できればDVDは何度も繰り返して観るのがやっぱりいいよ
膨大な時間と労力と思いをかけて作っている映画を一瞬で観流してしまうのは
やはりもったいない

あれ?何の話だったっけ?
ああ、そうアメリカの女優さんはやっぱりすごいなって話
撮影時間がタイトで役作りも女優さん達に任せっきりだったのに
先ほどのサラと黒人の奥さんのシーンなんかすぐにあのテンションまで持っていけてたんだって
プロだねって解説でも言ってた

私なんか心日庵行ってても
「その」テンションまで行くのに3~4週かかって
それでもやっとみせられるかどうかのレベルにギリギリ引っかかるのが時々
ああ、なんか職業女優ってのがどういうことなのか
少しずつわかってきて恐ろしい今日この頃です

そんなわけで、今の目標は演出家に心開く操作をされなくても
今よりもっと短時間で役に入り込めるようになることです。

2009年11月27日金曜日

ただ一言

驚き
「なぜユリは(あなたは)ダイちゃんに大事な絵をあげるのか」と聞かれて
感情が抑えきれなくて
ひどくつらくて
溢れ出して

それはユリとしてつらかったのか
演出家に詰め寄られているYUKIとしてつらかったのかがわからない
けれどそれで心が開きっぱなしになって
漏れだす苛立ちに振り回されそうで恐くてたまらなかった

シーンが始まって
3つめの台詞の辺りから
抑えきれない怒りに乗っ取られそうで
「イヤだ」と
抑える方向へと
できることなら開いたまま
このままで
もっときれいな澄んだ感情に持っていこうと意識が働いた
「怒り」のその下に
本当は何があった?
「ばかやろう。なぜ来なかったんだ」

私は誰かが
相手が私のこの抱えきれない感情を
激しく膨大な感情の濁流を
受け止められるわけがないと

相手も私をも信用していないのだ

そこに溢れ出してしまう
傷だらけの私を
受け止めきれなくて悲しいのだ

誰かに受け止めてもらえることを渇望し
しかし「出来るわけがないでしょう」と嘲笑い復讐しているのだ


たくさんの設定や置き換えや「想い」はいらない
それらは私をただ混乱させるだけ


たった一つ
ただひとつのスイッチとしての言葉さえあれば
他には何もいらない


「今あなたは相手に一言、ただ一言だけ、何を言いたい?」

2009年11月22日日曜日

サイコシス

あうるすぽっと
暗いロビー
ロビー中央に木枠造りの大きな血のような赤い水をはった
その血だまりの中に
マフラーから煙を吐くバイクが逆さまに突っ込んでいる
突っ込んだバイクは街灯に照らされている
少し離れたところから右ハンドル
もう少し離れたところにはスネアドラム
スネアドラムから微かに
リズムが刻まれている

赤い水面は静かにヌラヌラと光っている

天井に近い壁のコーナーに中東系の男性が話している様子の映像が流れている

しつらえられた場の異様さに比べ
集まった観客はザワザワと
係員の呼び掛けに合わせ
当たり前のように入場の列を作る
1番から100番まで
次は101番から130番まで

入場すると
本来の客席はビニールで丁寧に養生されている
私達観客は本来の舞台側に並べられたパイプ椅子に客席側に向かって座らされる

客席と養生された元客席の間には先ほどロビーにあったのと同様の木枠造りの大きな血だまり
ヌラヌラと光る赤い水

養生された客席側には
バイクの半分
ロッカー
サンドバッグ
卓球台
筋トレマシン
それらが乱雑に置かれている
一体何を始めるつもり?

血だまりの塗料の匂い
相変わらず観客はその場が当たり前の日常のように他愛ないお喋りを続け
ひどく鬱陶しい

客入れ明かりのまま
日本人のボクサーと普段着の白人がパンチの練習をしながら現れる
場内アナウンス
舞台が始まる
パンチを続けるボクサー

暗転

静かに血だまりの中に立つ上半身裸の痩せた青年が喋り始める
後方には逆さ吊りにされた長い長い髪の男

心臓の拍動に合わせて明滅する弱いライト

客席に点在する顔を隠した出演者たち

片言の日本語を叫ぶ東洋人の女と
彼女の言葉を繰り返す日本人の男

上からドラムの音

激しく怒り続ける男

ミキシングされた声

天気予報を何事なく発語し続ける女
フェンシング
バスケットボール

長い髪の男が赤い水面にすっと立つ
彼の奇異な発声に合わせて
泡立つ赤い水面

リストカットのヨーロッパ人男性
リストカットする気持ちを
苛立ちを
うんざりするほど叫んでいる

卓球台に次々と落とされるピンポン玉

スーツ姿の男が赤い水に足を踏み入れると
今度は胸元まで沈む程に深い
赤い水面からゆっくりと現れる公衆電話ボックス
カバンを頭に掲げ
ゆっくりと歩いて
電話ボックスに入るスーツ姿の男
コインを入れ電話をかける

長い髪の男が
長く不愉快な音を喉から発する
ピンポン台の上で自身の狂気を受け入れ
しかしなおまともでありたいと叫ぶ東洋人の女

4:48
それから1時間12分だけ
まともでいられる

明滅する光
アコーディオン

舞台の終わりに長い髪の男がゆっくりと赤い水の中に沈んで行く
長い髪を最後に沈めて


養生された客席に
沢山のエキストラが
次々と入って来て座り
私達を観賞する

ほめて伸ばして

心の叫び(笑

ここ数年ずっとほとんど何も言われない日々が続いていて
ダメ出されるの苦手だからありがたいにはありがたいのだけれど
それでも少しは良くなっているかどうかは知りたいから

今回は珍しくダメ出しされて
「何も言われないよりはずっとましだわ」と喜んではいたのだけれど
どうしてこう私はどこに行っても何も言われない性質なのだろうと
悩むのにも飽きていて
ほとんど諦めていたりして

そしたら今回WS終了後に思いがけず西村さんから
「今日ゆきちゃんいつもより良かったよ」と言われて
すごいすごいすごいすごいびっくりした
え、どこが?どんな風に?ともっと聞きたくなったけど
何より、がんばってて良かったとか
モチベーション上がるというか
もっと頑張ろうってやっぱり思える

もちろん同じWS生に「ゆきサンのこの前の良かったです」みたいに言われたことは何度かあるし
それは御世辞とかおべっかとかそう言うんじゃなく心からそう思って言ってくれてるんだと思って
それはそれで嬉しいんだけど
やっぱりコーチレベルの人からほめられるのは全然意味や重さが違ってくるわけです

いつも自分では「あ、今日のは少し良かったんじゃね?」と思っても
何も言われないか、ちょっとだめ出されるかで褒められることなどほとんどないので
月曜日なんかはむしろどうやってもダメしか出なかったし
やっぱり心日庵が求める演技と私がやりたい方向性が違い過ぎるのかな~とか
やっぱり私ってメジャーになれないアングラ体質なのかなぁとか

それに引き換え私がイマイチ良くないと思う人でも「良かったよ」って言われてると
えー何が?どこが?どうして?って思うこともしばしばで
演技の良さって定数化できないし
好みもあるし その人なりの成長度(いわゆる伸びシロってやつ、私にはないやつね)もあるだろうし
惑わされちゃいけない
他人と比べちゃいけないとは思いつつも

やっぱり評価ゼロの日々はそれなりに凹むわけです

だからこの前の西村さんの一言は本当に素直に心から嬉しい

ほめられるためにやってるわけじゃないんだけどさ
やっぱり他人の言葉で自分を客観視するのが一番確かだったりするから

そんなわけでもう少し頑張ってみよう

2009年11月21日土曜日

鉄道員とおそば

昨日は歌舞伎町で「匂い」の撮影で
ちっとも潔くなくさらけ出さされて
戸惑って戸惑って
20年近い年月の何も整理できないまま
その熱は体に残ったまま

昼間は三田で「鉄道員(ぽっぽや)」のガイド作りで

まだ熱っぽいなと思ったら実は風邪っぽくて

鉄道員引きずったまま
阿佐ヶ谷で今度は「おそば」

ユリの役は随分とすんなり自分に入って来るんだけれど
これが演技なのだと私はいつも忘れがちで

自分が思っているより
ずっと何倍も強く表に出さなくちゃ伝わらないのに
それをしようとすると
力が入ってしまうのかもしれない

もっと表現していいんだ
もっと哭いても怒っても
叫びだしたっていいんだ


シーンを始める前
大きな輪になって
一人一人の顔を見ていて
泣きそうなほどに
許されたような感覚に
思いがけず
驚いた今日のWS

2009年11月16日月曜日

おそば

今回の教材は「おそば」
台詞がとっても覚えやすい

そしてモチベーションもいつになく充分
何かひとつでも掴めるとよかと

2009年11月4日水曜日

泣くほど

泣くほど芝居をやっていたいなんて
思ってもみなかった
私は岸田を辞めてから
輝く未来も辞めてから
未だに居場所を見つけていなかった

2009年10月24日土曜日

光の匂い

髪、首、耳、目、鼻、口、歯、喉、頬、顎、胸、腹、背、腰、脇、腕、肘、手、指、膣、 尻、腿、膝、脛、足、踝、踵……
肉という字同様に一字で表現できる部分を
光が閉ざされた部屋の中
ライトの光で肉体の隅々を照らし出したい。

あれは確か
20年も前のこと
私達の初期の撮影は
まさしくこの行為だった

彼は最近知った
魅惑的なブルーについて
滔々と語り続け

私は冷たい皮膚を
無機質な暖かい床に横たえていた

その時
皮膚で感じた光の感触と
私の體に浸食する
カメラの鋭さを
私はこの20年もの
長い長い年月
ずっと
ずっと
追い求めてきたんだった


その行為が例えば
私達に取って
二度と取り返しのつかない
退廃への道行きであろうと

私は甘んじて
死にゆくよりも
ずっとずっと軽やかに
彼の作り出す
甘美な映像の中へと


ゆっくり

沈んで

行くのだろう


願わくは
死にゆく私を
映像の中へ
留めて

2009年10月17日土曜日

HM/電車

心日庵の帰り道
地下鉄の中
私は酔った真っ赤な顔で
ハイナー・ミュラーのテキストを読んでいた

ハイナー・ミュラーをライフワークと決めたばかりで
手始めにテキストの再編成

隣のお兄さんが微かにこちらを見る
ただの酔っぱらいだろうと
気にしない
隣の彼の存在を忘れる程
テキストに没頭し始めた頃
彼が「すみません」
と急に声をかけてきた

私は何か注意されるのかと身構え

「ハイナー・ミュラーやるんですか?」と聞かれ

余りの意外さに驚いた

「どうしてこの人はハイナー・ミュラーを知っている?」

彼は現代美術のキュレターで
以前一緒に仕事をしたジャーマンジャパニーズの映像作家(ヴィデオアーティスト)がハイナー・ミュラーの話をよくしていたので と

私は夢中になって
自分はハイナー・ミュラーに傾倒していた岸田理生さんの劇団にいたこと
ベルリンに行った時の
西ベルリンと東ベルリンの激しいギャップに衝撃を受けたこと

東ベルリンのタヘレスで
片目のダンサー伊藤キムに出逢ったこと

いろいろやってきて 今
ハイナー・ミュラーを一人でやりたいと思っていること

大急ぎで話す

それから
ベルリンのこと
ビデオアートのこと
いろいろ話し
(驚くことに
彼はタヘレスも伊藤キムも知っていた)

それから
名前を聞き合って別れた

きっと
電車の中では
いつも何か
「出来事」が
起こっている

好きなことに真摯に向かっていると
世界はどんどん広がって行く

2009年10月12日月曜日

静御前

毎週月曜日の朝は心日庵でお能のお稽古
今年の題目の『船弁慶』も佳境に入り
後2週を残すところとなった本日は
いつもの北浪先生はお休みで
女性の先生でした。

いつもよりピンと厳しい緊張感で丁寧に教えて戴けて
本当に良かった
気のせいか
自身の出来もいつもより2〜3割良く出来た気がします

何事も心持ち次第ですね

さて、前半の謡いが終わって
後半の仕舞いでは
静御前が中盤で
「かかる例(ためし)も有明の」と謡った後
不思議と自然に想いがこみ上げて来て
お能で初めて
とても充実した心持ちになりました。

お能はもう2年目になりますが
正直ゆる〜い雰囲気のクラスで
今までは稽古場で節や形を覚えて一年が終わるペースでしたから
シテの心情を表現するところまではゆめゆめ程遠く
間違えずに通すだけで精一杯でしたけど

例えば通常の夜間のクラスでは台詞やミザンスを覚えるのは各自一週間でやってきて
コーチの前では
やってきたことを見ていただくわけですから

お能も本来はそうあるべきなのですよね。

はからずも今日のお稽古で偶然静御前の心情を感じた後
「もっとやりたい」と
素直に思えたのでした

何事も目的や目標が明確だと
迷わず真っ直ぐに進めるのだ

YUKI

2009年10月9日金曜日

匂いの羅列

例えば


柔らかい息遣いの匂い
生と死の狭間
滲む汗の匂い

熟成した皮膚の匂い
掠れた吐息の
嗚咽する言葉の匂い

生まれ落つる赤子の
母の血にまみれた匂い

暗闇の
静謐な匂い
病めるものたちの
生きづく匂い

憎しみの匂い
そして絶望の

河のそばのクウキの匂い
晴れた昼下がりの
激しく雨が降った後の
アスファルトの匂い

水の匂い

貴方を傷つけた後の
甘くねっとりと
溶けるような匂い

それから
死者へ手向ける
白い百合の花の
噎せかえる匂い

2009年10月2日金曜日

角筈にて?

あっこさんと「角筈にて」をやる
うまい人相手だと余計な事に気を回さなくていいのがいい
途中あっこさんが激して空気ベッドを蹴った時だけ動揺した
その場にそぐわないエネルギーだったように感じて
何か別のことに苛立っているのではないかなどと
勘繰ってしまったからだ

自分に入り込み過ぎる
余計な事に気を回しすぎる
怖がらないで場に任せる勇気がもう少し欲しい

それにしても日に日に
自分が本当にやりたいことが明確になっていく気がして快い

木曜日は「匂いの映画」について語る為の逢引
だのに猛烈な台風が上陸する予定らしい

2009年9月26日土曜日

れぴ

夏休み明けのクラスで
モチベーション下がりっぱなしで
初日はあまりのダルさにずる休みして
昨日が二日目
やっぱり遅れて19時から参加

最初から参加していたメンバーはバリバリにチャンネルが開いていた
なんて表現したらいいのかわからない
みんな感情がなんていうかだだ漏れの状態で
見ているとこちらがしらけてしまうほどの大盛り上がりなのだ
何も縛りのないピュアな小さな子供のような状態

私は人のレピを見ながらたくさんたくさん考えた
たくさん考えるのは目の前の感じたくない何かから逃げている証拠
私は目の前にいる誰かのだだ漏れの感情を受け止めるのが苦手なんだ

たんじさんに言わせると
どうやらそれは私だけなわけじゃなくて
ほとんどの人がそうらしい
で 役者はその苦手なことにあえてチャレンジしなければならないのだと。。。
。。。。。。
うーん。。。

テキストはまたもや親子モノで
でも、なんだかこの台詞は言いたいと思った

私の番が来て
相手は西村さんでほっとした
それでもレピは苦手

今回のテキストはシーンを作り上げることをしないとのこと
役になってその場にいたいのに
それを禁止されるわけだ

禁止、禁止、禁止

誰も何も禁止などしてはいないのに

とりあえず次回からもっと早い時間に来るようにだけ言われた

苦しいシーズンになりそうだ


稽古後は南阿佐ヶ谷駅前のお好み焼き飲み屋さんで軽く打ち上げ
写真は若手の関西お好み焼きシスターズ

2009年8月26日水曜日

吸血鬼

始まりは京橋の図書館だった
私は19歳で浪人中で
新富町にある父親の事務所に通っていた頃
外界と繋がることが難しかった時代に
毎日図書館に通って何かを探していた
本を読むためだけにやっと生きていた

理生さんの吸血鬼を読み
最後のページに上演時のキャスティングを見つけ
程なく岸田事務所+楽天団の劇団員募集の広告を雑誌『新劇』で見つけた
『私について』という作文を何度も何度も書き直して送り
入団試験を受けイオの会に入り
その時から私の
女優としての人生が始まった
現実と繋がり始めた

劇団で触れる何もかもが新鮮で楽しくて
先輩から多少嫌味を言われても
何も辛くなかった
ただただ夢中にのめり込んで
他の何もいらなかった

行くべき場所に行く時は
「応募書類を作るのがめんどくさい」などとはきっと思わないものだ

数ヶ月経って演出家の和田さんが私に言った
「幸は顔が変わってきたな。ここに初めて来た時は死にそうな顔をしていた」
和田さんはいつもモゴモゴと何を言っているのか判りにくいのだけれど
時々伝わってくる言葉はいつもとてもとても大事な言葉になる
アゴラ劇場での「阿呆列車」を見に来てくれた時は
「幸は水みたいだな」と
それでここがwater loverになった

多分両親は私が死にそうな顔をしていたことになど気づいていなかっただろう

2009年8月25日火曜日

狂気の表現

朝テレビでGacktがしゃべっていた

映画「レオン」でヤクチュウの刑事が後ろを向いて薬を飲むシーンで
背中で演技できるのは素晴らしい

ナチュラルな演技を目指している役者さんはたくさんいるが
自分は狂気の表現が好きなのでそこを目指して行きたい

緒形拳さんと大河で共演した時に「とにかく笑顔を届けろ」と言われた
「笑顔を表現しろ」と


あぁそうか
みんながナチュラルを目指しているからと言って
私も合わせなくちゃいけない訳じゃなかった

私は
より
エキセントリックに
いきたい

2009年8月12日水曜日

来来来来来

D列1番

1番端っこ

初本多劇場
出演することも
観に行くことすら
縁遠かった劇場

ある意味念願叶う
いずれ出よう(野望)
劇場スタッフがなんかウザかったです
客に対して粗雑過ぎます


さてさて本題
出演者は女5人のみ
男性がチラッと出てくるけど
ほとんどエキストラ程度
野鳥園がある油麩揚げてる有刺鉄線に囲まれた家に嫁いで
新婚一ヶ月で旦那に逃げられた嫁の話
木野花さんが姑
りょうが陸自あがりの嫁
他に小姑と油麩揚げてる近所のおばちゃんが二人
嫁と仲良しのいじめられっ子女子高生

ま、簡単に言うと橋田壽賀子的嫁姑話なんだけど
なんせ本谷有希子さんなので
薄ら暗くディープな嫌悪感いっぱいの舞台です
ハイ

だっていきなり猟銃だし
鳥の羽むしってるし
油だし
DVとか気狂ったり
下の世話やら
ヤリマンなご近所さんとか
もう気色悪いエピソード満載なんだけど
面白いなぁ本谷さん

独特な世界観なんだけど
見たくないし
見せたくないんだけど
絶対みんな普通に持ってる感覚なんだな

だって「とにかく頑張るしかない自分を誰か誉めて、なでなでして」って
みんな思うよね

あたし
りょうがおばあちゃんになでなでされた時
キュンと来ちゃったな


主役はりょうじゃなくても良かったんじゃない?と思ったけど
最後にぶちきれてからのりょうはなかなか素敵だった
ただ、舞台で見るには痩せすぎ
テレビの女優さんてみんなあんな感じ
顔小さくてガリガリの骨皮筋子ちゃん
仕方ないんだ
カメラだとあのぐらい痩せてないと綺麗に映らない
でも、私はやっぱり舞台は
そこで蠢く肉が観たいんだ
生命を感じられる肉が見たいんだ

まぁ正直演出に拍手かな

木野花さんは迫力ありました

音楽も不気味で良かった

舞台美術と転換にも拍手
お金たっぷりかかってます

CoRich

135kgで42歳のファッションモデル



昨夜「魔女たちの22時」という番組で
「体重135キロのいじめられっこだったのにゴルチエのパリコレモデルになったヴェルヴェットさん 42歳」
というのを放映していた

モデルになりたいとオーディションを受け続けても、太っていると落ちまくる。
それでも「自分にしかない美しさがあるはず」と前向きに
夢をあきらめずにオーディションを受け続け、
ついにジャンポール・ゴルチエから2007年春夏コレクションのオファーを受ける。
この時、ヴェルヴェット39才。
自分を信じてモデルを目指してから、約20年の歳月を経て夢が叶った。

すげぇ、この人本当にすごい
「自分には自分にしかない美しさがきっとある」と信じていられることが本当にすごい
私なんか落とされたらすぐ凹む

この記事を書くのにネットで調べていたら
このベルベットさんがゴルチエからオファーを受けた背景には
どうやらここのところの「痩せすぎモデル禁止」規制に対する反応との見方もあるようですが
だとしても
このベルベットさん堂々としていて美しくて
とにかく楽しそう

太っていてもウエストのくびれもあるし
体のバランスが素敵なのです

超マイナス思考を反省させられる一件でした

2009年8月6日木曜日

モモとジジ

仙川のniwa-coyaへ
本読みに行く
12月の公演に向けて
風煉ダンスが始動したらしい

アンデルセン童話やら何やらのパロディな話で
私は「裸の王様」の仕立て屋2とモモの鬼部長をやらせてもらった

ちっともそんなに
好きなお話じゃなかったけれど
何者かになって
台詞を読んでいるのは
やっぱり楽しかった

子供がたくさんいたので
子供に向けて読んだ

白雪姫のママハハとか
雪の女王が出てきたらいいのに

早めに帰りながら思った

私の居場所が
早く見つかればいい

2009年7月25日土曜日

レオナルド?

ビリビリとした緊張感
最も緊張した今日
始まる前に
この緊張感は悪くない
と感じた

相手役はカタさんと西村さん
安心してできる面子だ
何の心配もない

襖を開けてすぐ
苦手なコーチの存在を意識して萎縮した

これまでにダメを出されたところはやっぱり意識し過ぎる
固い

シーン半ばで
これならいけると思った
リラックスできる
楽しめる

相手役の一挙手一投足に振り回されがち
最後の最後にやっと解放されたのは
何も心配事がなかったから
英雄の目を信じられたから

もっとすべての「べきこと」を捨てて
場に入り込むスイッチを見つけたい


あの瞬間
英雄の目にすっと
入り込めた瞬間

置き換えはきっと必要なくて
力を抜いて
自分を信じて
その場にいること

どんな相手でも
あの熱い目を探し捉えること


今日は2ndシーズン最終日の打ち上げで
料理半額キャンペーン中のお隣の中華へ

たんじさんに
レオナルド・ディカプリオに似ていると言われた私。。。ρ(;O;)

2009年7月19日日曜日

「べきこと」を捨てる

金曜日1回目
いまひとつうまくいかない
共演者の緊張状態に気をとられて
その世界に入り込めない

前日「異人たちとの夏」を観たからイメージは前回より確実にあるはずなのに
イメージを追ってもうまくいかないという好例だ

反省して2回目
前回と同じように
目の前にいる息子を
自分(インナーチャイルド)に設定してみる
集中し続けるのが難しいけれど
何もないよりは入り込める
けれどうまくできるときはこんな力もいらないはずだ


忘れてみる
段取り、ミザンス、台詞
「やらなければならないこと」をすべて頭から追い払って
今、いる、この場所にきちんといてみる
100%その場にいてみる
すべての「べきこと」から離脱して

稽古なのだから
そのぐらい思いきってみたい

次回は最終

2009年7月16日木曜日

異人たちとの夏

日比谷シアタークリエ
なんだか座りにくい椅子
狭くて
S席ど真ん中

セットはシンプルで象徴的な作り
好印象

お父さん役の人がとてもいい
甲本雅裕さん?
お母さんは池脇千鶴ちゃん
もちろん彼女は言うまでもない

椎名桔平は。。。あれ?
そうなの?
そんなにうまくないのね?(^_^;)
内田有紀ちゃん割といい

お母ちゃんとお父ちゃんのシーンはやっぱり引き込まれる
内田有紀と椎名桔平のシーンはいまひとつ

全体を通して
場面転換が多いから
できれば一捻り欲しかった
普通の薄闇暗転に萎える

ぁあこれってきっとテラヤマ暗転病

イチイチ途切れてしまうの
いっそつけといてくれ
後ろの席のオヤジもうるさい
場面転換のたびにコメントするな

一番見たかったすき焼き屋のシーンになってやっと桔平ちゃん来ましたょ
ぐじゃぐじゃになってる
やっぱりいいシーンだわ
みんな啜り泣いてるもの
脚本がいいんだな
思わず千鶴ちゃんと一緒に台詞を呟く

お母ちゃんのここの演技は
どうだろう?
ななよちゃんと同じくらいに感じる

勉強になったのは
むしろ
お母ちゃんがお父ちゃんの頭をおもっきし叩くところ
めちゃくちゃ可愛くて
めちゃくちゃ素敵だった
いいわぁ池脇千鶴
実は「ジョゼと虎と魚たち」以来のファンなのです

よぉし!明日のWS頑張るぞ
千鶴ちゃんに負けないお母ちゃんを演るのだ

2009年7月12日日曜日

ふなみち「後ろのひと」

新宿タイニイアリス

わお、タイニイアリスも久しぶり
三丁目にあった頃
足繁く通いましたね
丹羽さんお元気ですか?
上海戯劇学院の谷(こく)さんのことも思い出します。


さてさて「ふなみち」
ノリが合わないかもな客入れです
西村さんが出ていなかったら絶対観に来ないだろうな〜

何だかちょっと変わった企画で毛色の違う劇団が3組+別の回で人気のあった1組(スカッシュ)が同じセットといくつかの共通の設定でオリジナルの作品をやり合うものらしい

1組目はぐだぐだでした。
吉本の人らしいですが
好きじゃないなぁ
一個も笑えなかった

2組目が西村さんの芝居舎「然〜zen〜」
良かった
最後の西村さんの長台詞にじんじん来ました
相方の人もいい感じ

3組目
日本の古典芸能を意識した作品でなかなかうまく作ってあるし、台詞回しや所作も綺麗で良かったのですがいまひとつ

+1組スカッシュ
別チームで一番人気があって追加公演になったというだけのことはありました。
すごく面白い
若い男性4人ともとても上手
本気でめちゃめちゃ気合い入れて喋るからそれだけで本当に面白いの
この劇団お勧めです。

明日は後夜祭でアドシバ(アドリブ芝居)をやるそうです。
即興演劇流行ってるみたいですね。
興味あるわ

雛さんが出てる「上海異人娼館」とどっちを見に行くかかなり迷ったけれど
普段見れない団体の作品を見られたので、とても楽しかったです。
Aチームのひげ太夫も見てみたかったわん

2009年7月10日金曜日

盲獣

アートスクェアって
こんなに小さかったっけ?
キムが背中を打ったカミニクノイズ以来?
そんなはずない

第三エロチカの舞台監督さんに
女優さんだと思ったと当てられて嬉しい
第三エロチカと言えばあーた
私ら第三世代にとったらそらぁ偉い劇団すからね


さて、お芝居はどうだったかと言えば
言いたいことは全部役者や演出家に言いきった

これから後4公演
どう変わっていってくれるのか頑張って欲しいですが。。。

あんまりいい状態じゃないよなぁ

良かったところ
作品と箱が合っていた
まちこさんの不気味さは素晴らしい
ぞくぞくします
コロスが良かった
特に石榴を売るところ

布の使い方はやはり
これぞルーデンスと言う演出で効果的でした

母親の死のイメージ
母親の情念
良かったです

一方悪かったところ
メインの役者二人が
どうしても「若すぎる」とだけ見えてしまう
男に関しては
母親に対する子供と言う部分でまだわからないでもないのだが
女の「母親でない」性の芯が見えてこない
表面的にはうまく行ってるように見えるのだが
そのもっと奥の奥の
「肉」の部分を見たいのに
彼女が穿いているタイツのように何かが一枚被されていて
生々しく見えてこないのだ

彼女にできないはずはない
作品を作っていく過程で何かがうまくいってないのだ

役者の心は
とても繊細で脆く
ちょっとした変化にも敏感に反応してしまう
それを隠さずに表現に持っていくのが私達の大きな仕事

唯一
女が拐われてきた後の
恐怖のシーンは
とても素敵だった

楽日に期待

と言いたいことをさんざん言いながら
人のこと言ってる間に
明日の稽古に気合いを入れて臨めよと思い
台詞の録音を聞きながら帰る
浅草からの帰り道

芝居だけに浸っていたい

2009年7月3日金曜日

今年のテーマ

今年も心日庵の本公演の時期になり
今日は金曜日のクラスに菊池氏がやってきて
「本公演出たい人は言ってね」

私は昨年出たいと言っても
出られなかったので
今年は出ないんだ
ぷんぷんっ(`o´)
って当て付けじゃないぞ


去年はとにかく何事もチャレンジの年でしたが
今年はじっくりと丁寧に自分のやりたいことを見据えて
着実に向かって行きたいわけなのです。

ノルマもやっぱりもうやだしね

のんびり行こう
のんびり
焦らずに待つことに
もう少し慣れたい

それにしても
身体動かしたいな

2009年6月28日日曜日

ハルメリ

いやぁ面白かった
役者のスキルがどうとか
そんなの気にする隙もない緻密さ
ザ・小劇場


小竹向原
乗り換え間違いで5分遅刻するも
予想通り若干おしてくれて
オンタイム
桟敷席一番前のど真ん中
一番好きな位置だ
ラッキイ

真っ赤な舞台
ポップでキッチュ
しかも真面目なテーマだ
なのに軽い

始まりと終わり
クロスしシンクロするシーン
それぞれの役者が"平等に"見せ場があって
それぞれが自分なりにイキイキしていて
けれど楽しいだけじゃない

みぽりんの最後のシーン良かった
好きだわ

いやぁ面白かった
これで2800円は今どき安いでしょう

是非観て

2009年6月27日土曜日

テキスト:異人たちとの夏

ここに何しに来たの?
幸は何をしたいの?

思っていたより台詞は入っていたし
思っていたより良くできた
英雄を見ているだけで
時々感情が溢れそうで
鳥肌が立つのを抑えた

英雄に対して感情を抑えたのでなく
ギャラリーに対して抑えていた
それはあまりいいことじゃない

2回目に英雄が一人で感情を盛り上げていたことに
気持ちがついていけなかった

これはできそうな気がする
もっと深く深く入り込める気がする

金曜クラスに行って
たんじさんに会うと
元気になる

2009年6月25日木曜日

イヌ物語

下北沢711
かなり小さい劇場だった
きれいに作り込まれたセットにワクワクするも
劇場の大きさから考えて
そんなに期待してはいけないと思い
心を鎮める

予約したらば
一番前のど真ん中
大好きなポジション


始まって第一声、第ニ声
うるさい
デカイ声出せばいいってもんじゃない
劇場空間にフィットする声プリーズ
ここはまだ叫ばなくてもいい

客席に向かって
正面きって目線をすえられない役者さんは痛々しい

全体的に
拡散している
膨張している

ブチか犬養さんか
どこかに
誰かに
もう少しだけポイントを絞って欲しい

暗転は好きだけど長すぎる

赤澤ムックさんうまいんだな
出てきただけで
舞台がイキイキする
ハスキーボイスで悪態つくのがたまらなく可愛らしい
犬養さん役の方も良かった

ロックのおじさんはあれは何だ?わざと棒読み風にしてるのかしら?

滑舌悪い役者が2名
場に入り込んでいないドヘタが若干名
ダメだな
細かく厳しく観すぎるか?
みな芝居に対して安易過ぎる
自身にも言い聞かす

赤澤さんが出ていなかったら
観に行く価値はない
映画なら3本は見られるぞ

唯一すりガラスのドアの向こうとのやり取りは新鮮で良かった
うすら見える表情が効いていた
あれだって
下手な役者がやると
ああは見せられまい


チラシや当日パンフレットを見直して
やっぱりあれだな
【出演者】
笹森幸(○○劇団)

ってついてる方が
何だか今はカッコいいな
早く劇団探そう

2009年6月19日金曜日

好きなことだけやる

待ちに待ったたんじさんのクラス
なんだかほんの少し緊張感があったのかも
本当に気づかないほど少しだけ

1時間ほど遅れて到着
センスメモリー
3m先に立っている追憶の人

笑っていた
嬉しかった

周りの悲しい叫び声はそれほど気にはならなかった

リズ、まー坊、泉くん
ほんわかメンツで安心する

それから廃墟の水道みたいにゆっくりと前を見たまま
相手を感じて上着を着せるエチュード
やっている時はそれほどでもなかったけれど
人のを観ていたらとても劇的で面白かった

テキストは「異人達の夏」片岡鶴太郎、風間杜夫、秋吉久美子で映画化されているそうだ
かなりいい映画だとリズが言うので、今シーズンが終わったら見よう
今観るとイメージが固定化されてしまいそうだから
あ、3週目ぐらいに観るのもいいかも

さてテキストを素読みした後はたんじさんが一人一人に今シーズンの目標を聞く

みんな難しいことを言っていたのでどうかなと躊躇ったけれど、嘘偽りなく私は「私の好きなようにやりたい」
照れながら

よく伝わらなかったみたいなのだけれど
他にうまい言葉も見つからなくて

やりたくないことはやらない

去年から今年の前半にかけてはやりたくないことを無理してやりすぎた
もっとゆっくり
やりたいことだけを厳選することに決めたんだ

好きなこと
好きなもの
好きなひと
と過ごすを
純増する

それはこの前たんじさんの指導で「廃墟の水道」のエチュードをやってから思ったこと
だから金曜日のクラスにしたんだ。

たんじさんの緩さと柔らかさと鋭さがいい


たんじさんのやけにこれみよがしな発音の「メスォード演技」の説明が面白い
いろいろ言われてはいたけれど、「メスォード演技」の何が問題なのかが良くわかった。


課題は盛り沢山
宿題も盛り沢山

2009年6月15日月曜日

役者の心意気

日曜日の朝「ぼくらの時代」という番組に岸谷五朗さんと寺脇康文さんが出演されていた。
岸谷さんが言うことには
「芝居を打つとバイトに行かなくなるからすぐクビになっちゃう
俺ら雇い主側から見たら最低の労働者なわけだよ」
寺脇「なるべく頭使わないバイトが良かったよね。頭で台詞返しながら、ずっと皿洗ってるだけとかね」
岸谷「とにかく芝居のことだけ考えていたかったんだよ」

空いた時間に芝居をやるんじゃなく
芝居をやるために働き
芝居をやるための環境を徹底的に揃える
岸谷さんによれば
寺脇さんはみんなが正月休みで実家に帰省している時も稽古場に行って一人で稽古していたそうだ
彼らはきっと有名になるために努力していた訳じゃなく
ただ本当に芝居が好きで他のことの何倍ものエネルギーを芝居だけに注ぎ込んで来ただけなのだ。

余計なことは捨ててしまおう
嫌なことに時間やエネルギーを割くのはやめてしまおう
好きなこと
心地よいことだけに
心血を注ごう

2009年5月28日木曜日

動物園物語

心日庵1stシーズン最後の昨日は
思いきって手をあげて「動物園物語」もやらせてもらいました。
Bをやるのは多分初めてなんだけど、おかまキャラのユウキ君と組んでかなり楽しめました

2回やらせてもらって
1回目の方が断然入り込めて心地よかったのに
みんなからは2回目の方が良かったと言われました
2回目の方が居心地はずっと悪かったのに
不思議なものです。

2009年5月25日月曜日

あうるすぽっと

日本演出家協会理事長の和田さんから「日韓演劇フェスティバル」の案内が届いた

和田さんから連絡が来ると
ちょっと嬉しい

韓国演劇と言えばやっぱり理生さんですが
さてどうですか

2009年5月23日土曜日

プールで水着撮影

快晴のまさにプール日和
いや、プールは室内で地下なんだけど

昨夜は金縛りでちび猫に襲われ
今朝は今朝で
朝ごはんの連絡がうまく行かずに凹み
ベストコンディションとは言えないものの
まあまあの体調ではある

いくら天気が良くても
室内プールでの長時間の撮影は身にこたえるからな
朝から炭水化物を大量に摂ってみたぞ

鶴見って川崎じゃん
と初マスク

今日は黒いウェットスーツなしに競泳用の水着
用意していただいた6着全部はさすがにこなせず
白、黒、青の3着で
着替える度に髪型も変えてみたら気分も変わり
随分と楽しめました

思えば昨年末からずっと計画されていながら
私の突然の腹痛や
カメラマンの急用で何度か延期され
やっとの実現でした
水着を用意してくれた方がギャラリーで大喜びで見ていてくれたおかげ様で
こちらもだいぶテンションあがりましたわ

この年で水着撮影するのはかなり貴重だよね
使っていただけて本当に感謝です。
写真の出来上がりが楽しみ〜

2009年5月21日木曜日

廃墟の水道

廃墟である
蛇口がある
水を飲む
声を出さずに叫ぶ
ゆっくり動く
とにかくゆっくりと

聴こえて来るのは
ジムノペディ
それからカノン
蛹化の女。だ
居心地のいい諦念の空間

20年前
卓司君に頼まれて
東中野の集合住宅の廃墟で
撮影した時の情景を思い出した

ゆっくり動くのは
とてもとても久しぶりで
ゆっくり動くことが
大好きなのだと気付いた

ゆっくり動くと
世界は私の中に取り込まれ
私は久しぶりに自由に
自分のままでいられることを知った

歩き出してすぐから
瞬きを忘れ
右目から涙が止まらなくなった
水を飲んだ後
右手が震えて怖くなった

私はあんなことをやりたいのだと心底願った
あそこにずっといたいと思った

流れた涙は哀しみのせいじゃなかったけれど
哀しみ泣いた後のような充足感が
自分のうちに確かにあった

のりさんが
妊婦さん?
流れちゃったの?
と聞いてきた

子供が流れてしまった妊婦さんに見えたんだって
「ちゃんと見てるでしょ?」って
何だか嬉しかった

感情に流されて
コントロールできなくなりそうになっても
ゆっくり動き続けること
コントロールし続けること
後は情景がもっと見えた方がいい
とても良かったよ
とたんじさんは確かに言った


今日の稽古でのエチュードの話

幸せな一日

2009年5月18日月曜日

船弁慶

毎週月曜日の朝は
お能のお稽古である

北浪先生の
あまり理論的でない
大体な感じが好きである

頭じゃなしに体で覚えてね
ってことだ
と勝手に理解している
うふ 肌に合うのだ

さて
船弁慶は
前シテが静御前で
相手役の源義経が
同世代のはずなのに
何故か子方

浪先生によると
男と女の生々しい感じを避ける為に子方を使うことがよくあるとのこと
高貴さを表すのに子方になることもある

おっと
解説にも書いてありました
「此の曲の女主人公の情緒は愛慕する男の方に向けられてある。それほど劇的な情緒を持つから、わるくすると能の品位を失ふおそれがあるので、対象となる人物は子方を使ふことにしてある。それは恋愛の場合を同等の二つの者に依って示さないで、一方的に静の情緒のみを示すことに依って救はうとする意図からである。」

え?そう?
何故か引っ掛かる
愛慕する対象が少年である方が
ずっとイヤらしい感じがするのは現代的な感覚?

強い情緒は品位を失うものなの?
え〜そうなの?
相手が子供じゃシラケるやん

前シーズンの月曜日夜クラスで
感情の講義を受けた時
インドでは感情は9種類あると聞きました
日本では喜怒哀楽と言って4種類ですが
インドは一番最初に「愛」が来る
ものによっては「色情」と訳されていたりもする
そんな色っぽい情緒が一番最初
さすがはヒンズーの国

インドのお芝居はこの愛から始まって9種類の情緒を必ず取り込む決まりらしい
映画もしかり
だから長くなっちゃうんだって

それに比べると
やっぱり日本は
「抑制の美学」よね
抑え
削ぎ落とし
控えめに
行動する中に
機微がある

どっちもいいわ うん
インド行かなくちゃ

〜〜〜〜〜〜〜〜
実は今日は浪先生お休みで
代わりの先生から
良いお話をいっぱい頂いたので書いておきます

能楽師は日常からして常に全力
本番前に慌て稽古するようなことは一切ない

謡は音を合わせるのでなく
気を合わせること


稽古はつけてもらうのでなく
見ていただく
師匠に稽古してもらうのではなく
自分が日々稽古した成果を見ていただくのである

能楽師は能楽以外のことは何も出来ない
普段から能のことばかり考えている

ときどきの初心
若い頃は体(力、パワー)で演じ
中年になったら技で演じ
老いれば心で演じるもの


〜〜〜〜〜〜〜
気持ちが引き締まりますな

2009年3月27日金曜日

趣味、演劇です

笹森幸は女優なんです
でも笹森幸の仕事は女優じゃないんです

とある日
演出家さんが私の作ったきんぴらをつまみながら
「笹森さんって料理上手なんですよね。趣味料理ですか?」
私は咄嗟に「いいえ、趣味演劇です♪(* ̄ー ̄)vウフ」

彼が去った後 餌付け中のちっさい劇団員に
「ねぇねぇ、趣味演劇ってどうよ?( ̄ー+ ̄)
よくさ『お芝居やってるんです。』とか言うと
『へぇ~~、趣味ですか』って言われるとなんかむかつかない?」
「めっちゃ!むかつきます(○`ε´○)」
「そうなのよ。昔私もそれでかなりむかついていたんだけど
最近は先手を打って『趣味演劇なんです』って言うようにしてみてるの」

大体、日本だけかもしれないけれど
仕事ばかりしている:エライ!!まじめ
趣味ばかりしている:怠惰~
なイメージがないですか?
こちとらワーカーホリックなので
仕事し過ぎちゃいけないという事情もあるんだけど

仕事=お金をもらうから多少嫌なことでも我慢してやらなくちゃ
趣味=好きでやってるんだから、やりたくないことはやらないもんね

なわけで
一般的に考えられているように趣味だから手を抜いてるなんて
私にしてみれば全然ありえないわけ

『笹森幸は命かけて趣味に没頭しています!!』
どうよ。このスタンス?<( ̄^ ̄)>
だからって本当に命かけんなよ
死んだら終わりだ
死にそうになったら少しは休め

2009年2月19日木曜日

客観視

前に進むためには
今自分がどこにいるのかを正確に把握する必要がある
数値で計れない仕事をしている以上
自分の能力を客観的に把握するのはとてもとても難しい
女優なんて 過剰なぐらいに自信持ってなくちゃやってられないし
倣岸なくらい自己アピールしてなんぼだし

それでも前に進むためには
やっぱり自分が第三者の目にどのように映っているのか
常に立ち止まってイメージできた方がいいのに違いない

ココに来て、急に自分の弱点が明確になってきて
焦りやらなにやらそわそわと落ち着かないのだが
こういう時ほど 落ち着いてじっくりと
足元を見定めるのです

2009年1月24日土曜日

考えるな 動け

先日の「アングラ女優」に引き続き
軽い自虐ネタかもしれませんが

21歳で「岸田事務所+楽天団」の入団試験を受け
それから半年と経たないうちに劇団本公演に抜擢されてすぐに
年下だったけど先輩の女の子にこう吐き捨てられたことがあります

「このテンション役者がっ!!」

それから今まで、ブランクはあるものの
結構長いことお芝居を続けてきているけれど
私は相変わらずこの時と変わらない「テンション役者」で
人様に自慢できるような技術の一つさえ持たずに
その場の雰囲気とテンションだけでお芝居を続けてきちゃった

きちゃった

いやむしろ技術や理論に偏重することをよしとせず
技術を習得することを避けてさえいたかもしれない

けれど 歳を経るごとに
避けてきた「技術」を求められることが多くなり
それらの技術を習得していて当然と思われるようになり
たとえ感覚から偶然出てきた演技でも
「技術」と「経験」の成せるわざだと思われるようになり

これまでテンションとセンスだけの不安定な演技ばかりしていた私は
本番はともかく稽古中に手を抜いているとでも思われるのか
共演者にキレられることが多く
泣かされたり、大喧嘩したりと
精神的に無駄なエネルギーを多く浪費していた

これでは身が持たんと一念発起して
昨年やっと心日庵の門を思いきって叩き
理論と技術をゆっくりと磨き始めたわけですが
何せ元々がおおざっぱなテンション役者なので
「理論」とか
左脳で考えるのとかが最も苦手で
それを始めると
途端に身動き取れなくなってしまうという有様
芝居以外のことはほとんど左脳上位で活動してるのに
これが不思議

けれど昨日のテレビで中村勘三郎一家のドキュメンタリーを見ているときに
やっぱり技術って大事よねと再認識した次第

頭だけで納得が行くまで考えていても先へ進まないことが多くて
心日庵で教えられたみたいに
とりあえず高い声や低い声でやってみたり
スピードを変えたり
アニマルアプローチしてみたり

そんなある意味機械的な作業が
今回のような情念的でない役には合っている
と思っているんだけれど
これがなかなかうまく行ってない

当初想定していたよりもずっと演技の稽古をする時間が少なく
それなのに要求される速さは
多分自分が思っているのの2倍以上早く呈示していかなければ間に合わないのだろう
言い訳をしている余裕なんてない

いつもなら台詞を何度も読んでいるうちに
自然とどうやればいいのか(というよりこうやってみたいと)浮かんできて
それはいくつもいくつもパターンが浮かんできて
やりきれなくて楽しくなってくる
こうなるとシメたもので
台詞を忘れることも
身体が動かないということも
ほとんどなく
本当にただそこに生きているように演れるのだ

そこに理論はない

さて、ならばどうしよう

2009年1月22日木曜日

comical

コミカル[comical](形動)滑稽なさま。おどけた感じを与えるさま。「―なタッチの映画」(EXCEED)

「しばらく自由にやっていいよ」と言われた幸せな蜜月の一時は
ほんの一瞬(本当に一瞬でした。2日ぐらい)にして過ぎ去り
今はまた恒例の「混乱の時代」┐( -"-)┌ヤレヤレ...
この期間はどう足掻いても避けようがないらしいので
諦めてジタバタと悩み続けるしかないのです

先日の稽古でつけられたミザンスと「コミカルに」という演出イメージがどうにも私の腑に落ちないのです。
左脳でいくら
「制限されているわけではない」「否定されているわけじゃない」と納得しようとしても
『演技において 心と云うのは 一番厄介な 問題が多い(by上田ボッコさん)』
とはおっしゃる通りで
心の中は悲嘆と絶望でいっぱい
混乱の極みです

そもそも、私はコミカルなことがしたくて今回のオーディションを受けたわけじゃない

前回の舞台で安部公房の「シニカルな笑い」のはずがドタバタ劇でお客さんに受けていたことに酷くショックを受け
お気に入りの心日庵でも笑いを求められることが多々あって
その状況がどうにも我慢ならなくて
岸田事務所+楽天団やルームルーデンスに似たタッチの舞台を探していたのです
シリアスで情念に溢れた舞台を
だってそれ(シリアス)が好きなんだもの
いくら心日庵でコーチに「こっちの方が面白い」と言われても
私はコミカルなことは全然ちっともやりたくないんだもの

今回の配役決定した時に「夜長姫」のアナマロや「眠る男」の道化みたいな
もっとわかりやすく言えば「夏の夜の夢」のパックや「リア王」の道化みたいな
ストーリテラー的、狂言回し的役柄を最初にイメージしたのですが
それと「コミカル」はもちろんリンクするのですが

そもそもそういう役を私はちっとも全然やりたくないのです
わがままですか?
ええ、わがままです
でも、お金もらっているわけじゃないし
たとえお金もらう仕事だとしても
私は「コミカル(滑稽な、おどけた)」ことはやりたくないのです
人に笑われるのはどうにも我慢がならないのです

山崎努さんの「俳優のノート」でも笑いを取ることに関してちょっと触れられていました
面倒なので引用はしませんが
そこに書かれていることはまったく同感でした

「ネクラ」「ネアカ」という言葉が流行ったのは
もう随分昔のことですが、ネアカで面白いことがもてはやされ
ネクラで地味なことが嫌われることの多い昨今
「面白いことなんてやりたくない」とか言うと嫌われそうで言えなかったけれど
私は断固暗くてジメジメしたことがやりたいの
明るくて楽しいことはそれが得意な人たちに任せたいの

あ~スッキリした。
今回の役は結果的にはコミカルにはなるんだろうけどね
そこを最初から目指すのが なんだかどうしても抵抗があるのね
頭と心のすり合わせをするのに、これはかなり時間かかりそう

幸い今回の演出家は暴君ではありますが(笑)
相談する余地や話を聞いてくれる懐の深さがありそうなので助かります
ただ、モノヅクリのペースがめっちゃ早いみたいなので
私のこの混乱ぶりを気長に待ってもらえるかどうか。。。。
きっと無理なんだろうな

でも、できないものはできないし
本番になれば大抵何とかなるし
そういう意味ではあんまり焦ってはいないんだけど
それまでの周りのイライラぶりに耐えられる自信が相変わらずない

見守ってほしいよ

2009年1月11日日曜日

楽しくて仕方ない

昨年12月の始めにやっと配役が決まり
それ以降少しずつではあるが
配役別の稽古にシフトし始めている
目標設定しにくい今までの筋トレ稽古より
役に向かっての稽古は「辛い」とは感じないことに気づく
板に上げた時にそれがとても素敵に見えるならば
湖の上を軽やかに歩き飛び跳ねてみたいものだと心から思う

今回の稽古は何と言うかとても特殊で
一見すると自由度が低く
メンタル部分でのプレッシャーが大きい為
ともするとプレッシャーに負けて大切なことを
忘れてしまいがちなのだが

実は自分自身の目標を明確にして
稽古の目的も明確にして
本質を見極めるようしっかりと目を開けていれば
とても濃密で自由度の高い稽古であることがわかる

ここだけのことではない
どこにいても
自身の目標と目的を明確にすることは大事だ

人間だから
どうしても周囲の環境に流されたり
惑わされてしまう
それが必要な時もあるけれど
周囲の価値観に流されて
有名になることが、TVや映画に出ることが
最終目標なのかと勘違いしてしまうこともある

けれど実は私が21の歳に芝居を始めた時
明確に目的はただこの一点だった
「理生さんの言葉を発語したい」
誰に見られなくてもいい
誰に賞賛されなくてもいい
ただ、舞台の上で理生さんの言葉を自分の声で発したかった
それは詩を書き始めたのとほとんど同じ必要からだった

そこにどんな意味があるのか
そこに何の価値があるのか
今の私には何にもわからないけれど
今でもただそうしたかった

だから今でも
脚本に立ち返ることがすべてなのだ

脚本を愛し
物語に耽溺し
そこに書かれている出来事を
ただ自分の身体を通して表出させたい
それだけがシンプルに私の最も望んでいることなだけなのだ

誰にも脅かされたりしない

2009年1月5日月曜日

プロセスを楽しむ

再び山崎努さんの「俳優のノート」を読む
前回とはまた少し違った視点で
現状が辛ければ辛いだけひしひしと
山崎さんの言葉が胸に届く
これを読むとモチベーションが上がるのでいい

年末年始にゆっくりと考える時間があった分
いろいろなことに思いを巡らせ
自分にとって何が一番大切なのかを
改めて考え直すことができた

辛ければ辛いだけ学ぶことは大きく
辛ければ辛いだけ成長する度合いも大きい
それでも私は
今よりももう少しだけ楽に生きたい
11月に比べたら全然楽

予防線を張り 今月から
最低限の予定に絞込み
春の公演のお稽古以外の予定を極力排除した

とにかく公演が終わることだけを楽しみにしているなんて
一体何の為にお芝居をしているのかわからなくなる
前回の公演もそう また違った意味で
焦ると碌なことがないと肝に銘じよう
焦るまい 焦るまいと 常に言い聞かせていても
何も予定が入っていない状態が怖くなる

私はどこまで行きたいのか
これ以上辛い思いをしてまで
本当にどこかに行きたいのか?

経験から知っていることは
何事かを成す人や
望みを叶える人は
そこに到達するまでの努力を
「辛い」などと思わないものだ

そのプロセスさえも楽しめる道が
自分が進む道なのだと思う

今いる場所も決して無駄にはならない
だけどきっといるべき場所ではない
焦らなくてもきっと居心地のいい場所は
見つかるから
ゆっくり探し続ければいい